「白ゆき姫殺人事件」 (集英社文庫) 湊 かなえ (著)


~紹介した「あらかき」(女性)さんの記録 ~
(2015年9月26日読書会にて)

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主催者の感想というか勝手な妄想というか戯言


湊 かなえさんの本は、「母性」に続いてこれで2冊目。私は、「母性」のときにも書いたが、「告白」の映画しか観ていない。ちなみに、この「白ゆき姫殺人事件」も2014年に映画化されている。

本の内容紹介では、このように書かれている。

内容
化粧品会社の美人社員が黒こげの遺体で発見された。ひょんなことから事件の糸口を掴んだ週刊誌のフリー記者、赤星は独自に調査を始める。聞き込みの結果、浮かび上がってきたのは行方不明になった被害者の同僚。ネット上では憶測が飛び交い、週刊誌報道は過熱する一方、匿名という名の皮をかぶった悪意と集団心理。噂話の矛先は一体誰に刃を向けるのか。傑作長編ミステリー。(AMAZONより

ネット炎上など、最近のSNSがキーになり物語が進んでいくようだ。

現代の物語を描くときに、ネットとりわけスマホの存在が全く出てこないものは不自然だ。電車に乗れば、スマホをいじっていない人のほうが珍しい。一人になってしまう状況になったら必ずスマホを手に取るだろう。目的としては、ニュースサイトにアクセスしたりメールやLINEのチェック、最も多いのがtwitterやfacebookで誰かの情報を観察するということではないだろうか。

自分自身もそうなんだけどこちらからは情報発信しないにしても、「あっこんな投稿してるー」なんてつい見てしまう。

これを突き詰めて考えると、やってることは覗き見と対して変わらないなあなんて思ったりもする。(そういえば、この読書会でも、紹介された朝井リョウ著の「何者」も覗き見という観点から考えると面白いかもしれない)

例えばこんな映画がある。

これは、ヒッチコックの「裏窓(1954年)」という映画。

カメラマンのジェフは事故で足を骨折し、車椅子生活を余儀なくされる。そんな彼にできる楽しみは、カメラの望遠レンズを使って裏窓から見る隣のアパートの住人達の人間模様の観察であった。
ある日、いつも口喧嘩が絶えなかった中年夫婦の妻が突如として姿を消す。セールスマンらしい夫の怪しい挙動を観察していたジェフは、数々の状況証拠から殺人事件と確信。恋人リザと共に調査に当たる。事件を認めない友人の刑事を納得させるため、確たる証拠を掴もうとする2人に危機が迫り……。(Wikipediaよりあらすじ引用

これは50年以上前の作品だが、物語のポイントとなる「裏窓から望遠レンズで他人の生活を覗き見する楽しみ」を「twitterやfacebookのタイムライン(ツイキャスやニコ生でもいいが)で他人の生活を覗き見する楽しみ」と言い換えても物語が成立しそうだ。もちろん、裏窓から直接的に人の動きがみえるからこそ物語と成り得るんだと言われれば何も言い返せないが、この部分をSNS的に、いつも美味しそうな料理の写真をアップしていた人が急に残飯の写真をアップしたりしたらなんか怖い。まとまりのない文章で申し訳ないのだが、言いたいことはSNSは裏窓のようなところから誰でも覗き見ることが出来る空間だということ。

出歯亀という言葉をご存じだろうか。語源は調べてもらえば分かると思うが、のぞきをする男のことをこのように呼ぶことがかつてあった。

これは、日本でのことだが、世界にも似たような言葉が存在する。それは、「ピーピング・トム」というもの。

英米で広く信じられている漠然とした伝説は、領民に対して情けぶかい夫人が、理不尽な夫に難癖をいわれて素裸で長髪をなびかせ馬に乗って町内を横断する羽目になり、町人は夫人に恩義を感じて目をそむけ野次馬を差し控えたのだが、ただ一人、トムという男が盗み見たため、以来、ピーピング・トムといえば覗き見をする人間の代名詞となった、というものであるが、このうちどの部分がどのように成立したかを以下に説明する。(Wikipediaより引用

この話には諸説あるが、覗きという行為が問題となったことは古くからあるようだ。

ネット上に流布されているものは、本人の自覚なしに誰かが勝手にアップしてしまったもの以外は、覗かれてもいいということを前提としているが、ここに倫理というものが加味されなければ無秩序になってしまうわけで、そのため、監視するような仕組みが必要になるが、それが行き過ぎると自由がなくなりつまらないものとなってしまう。また、倫理とはいったいなんなのかと考えたときに、正義だと思ったことが正義でないなんてことが意外とあるわけで、そんな当たり前のことは、小学生でも分かることなのでこの辺でやめておこう。

覗き=誰かの生活を観察する、と定義すると小説を読む、映画を観るということもある種の覗き行為といえる。

映画の起源であるエジソンが発明した「キネトスコープ」は、箱の中を覗き観ることで成立した。そして、リュミエール兄弟によって、箱を覗きみるのではなく、人間がその箱の中に入ってしまえばいいのではないかという考えから、リュミエール兄弟の「シネマトグラフ」が誕生した。そうなったことで、みんなで覗き観るという空間が成立した。

そこから、テレビが生まれ、近所の人、家族みんなでみるテレビから、一人一台のテレビに変わり、いまではスマホという流れだろう。かなり大雑把に書いたが、スマホは、エジソンの「キネトスコープ」の発想に戻ったといえないだろうか。最近の流れだと、映画(テレビ)もネットフリックスなどのオンデマンド配信にゆくゆくは駆逐されそうな気がする。

”覗き見る”というキーワードで、うまくまとめようとしたが、お腹が急に痛くなってきたのでこの辺でやめてトイレにいまから籠城するのでごめんなさい。

おわり

本の行方


あらかき→→→→→くみこ

 

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)
湊 かなえ
集英社 (2014-02-20)
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