「ふちなしのかがみ」 (角川文庫) 辻村 深月 (著)


~紹介した「おその」(女性)さんの記録~
(2016年01月23日読書会にて)

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主催者の感想というか勝手な妄想というか戯言


この「ふちなしのかがみ」は私の元にやってきた本なので、ちゃんと読み終えることができた。

内容(「BOOK」データベースより)
この学校の花子さんは、音楽室から飛び降り自殺した少女の霊です。花子さんは階段に棲んでいて、一生懸命掃除すれば会うことができます。でも、彼女がくれる食べ物や飲み物を口にしてはいけません。嘘をついてもいけません。さもないと―。おまじないや占い、夢中で話した「学校の七不思議」、おそるおそる試した「コックリさん」。青春ミステリの旗手・辻村深月の新境地。懐かしくって怖い現代の怪談が、ついに文庫化。

話は変わるが、先日こんなことがあった。

職場までの通勤でバスを利用するのだがそのときの出来事。

それは、運転手の後ろの席に座り、発車時刻まで待っているときのこと。とある、老夫婦が、手をつないでやって来て、奥さんだけがバスに乗り、旦那さんがお見送り。朝から、ほのぼのした光景だなあと眺めていると、間もなく発射の時刻。

すると、奥さんが慌てた様子で、外にいる旦那さんにこう言った。

「携帯忘れちゃった。でも、帰りはいつもと一緒だから」

そして、バスは発射した。

動き出した、バスの中で私はこんなことを考えていた。もし、これが最後の言葉になってしまったら。

旦那さん目線で書くとこういうことだ。

「携帯忘れちゃった。でも、帰りはいつもと一緒だから」

まさか、これが妻とかわした最後の言葉になるとは。私たちの愛ある日常はこうしてあっけなく終わりをつげた。

数年後、送り主の分からぬ手紙が届いた。それは、妻からだった。内容をかいつまむと、私との結婚前から愛していた人がいたらしく、いまは、その人のもとで暮らしている、とのこと。

なんて、ことを空想し、次の日バスに乗ると、その老夫婦が仲良くやってきて、安心とともに、なんだつまんねぇなあとそこはかとなく思った。

もし、これがああなってたら、ということを現実的にしてくれるのが空想のチカラ。もちろん、空想だから現実ではないのだが、誰かにその空想を事実として伝えれば、誰かの中では現実になるだろうし、希望的観測として空想を信じることで救われることもある。

「私のお尻の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません・・・・・」なんて歌があったが(あっ、”お尻”じゃなくて”お墓”の間違え)、これは、希望的観測として救われる空想であり、この場合の空想は、そこに愛があればあるふど、より強力な現実ではない現実として存在するようになるだろう。(その逆の憎しみもまたしかり・・・・。)

こんなことを書いていたら、ふと、ギレルモ・デル・トロ監督の「パンズ・ラビリンス」なんて映画を思い出した。

1944年のスペイン。内戦終結後もフランコ政権の圧政に反発する人々がゲリラ闘争を繰り広げる山間部。内戦で父を亡くした少女オフェリアは、臨月の母カルメンと共にこの山奥へとやって来る。この地でゲリラの鎮圧にあたるビダル将軍と母が再婚したのだった。冷酷で残忍な義父に恐怖と憎しみを募らせるオフェリア。その夜、彼女は昆虫の姿をした不思議な妖精に導かれ、謎めいた迷宮へと足を踏み入れる。そこでオフェリアを出迎えたパン<牧神>は、彼女が地底の魔法の国のプリンセスの生まれ変わりで、満月の夜までに3つの試練を乗り越えれば、魔法の国に帰ることが出来ると告げる。オフェリアはその言葉を信じて、与えられた3つの試練に立ち向かう決意を固めるのだったが…。(allcinemaより引用)

紹介された、本の一番最初に書かれている「踊り場の花子さん」そして、最後の「八月の天変地異」という作品を思い出し、こんな空想を繰り広げてみた。

もうこんな時間か。。

おわり

本の行方


おその→→→→→みずしま

 

ふちなしのかがみ (角川文庫)
辻村 深月
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