「剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎」(文春文庫) 高殿 円 (著)


~紹介した「あか」(女性)さんの記録~
(2016年02月27日読書会にて)

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主催者の感想というか勝手な妄想というか戯言


この物語の主人公、井伊直虎は女性だ。

来年の、NHK大河物語の主人公にもなるそうだ。

戦国時代という乱世を生き抜いた女性がどうやって生き抜いたのか気になるところだ。

この当時の男社会に身を投じるということがどれほど過酷なものだったのか想像がつかない。

血なまぐさい男達の中で活躍した歴史上の人物として、海賊好きのぼくは、メアリ・リードやアン・ボニーが思い浮かぶ。

アニメだと「風の谷のナウシカ」だ。

だが、世間一般の考えだと、ジャンヌ・ダルクが該当するだろう。

ジャンヌ・ダルクという名前を聞いたことはあるが、何をしたのかイマイチだった。

そこで、youtubeを探っていると、NHKの「そのとき歴史が動いた」でジャンヌ・ダルクを特集していたものがアップされていたので、それを参考に以下にまとめてみた。

イギリスとフランスとの戦い。通称、百年戦争(1337~1453)と呼ばれるものがある。

終盤フランスは、イギリスに追いやられ戦局は絶望的な状態になっていた。

そんなとき、奇跡の少女が現れる。

それが、ジャンヌ・ダルクだ。

1412年1月6日、フランスのドンレミという小さな村で、ジャンヌ・ダルクが産まれる。

両親は、農業を営む普通の家系。

ジャンヌが幼少のころ、ドンレミの村が何度かイギリスに襲われる。

村が襲われることに胸を痛めたジャンヌに不思議な声が届く。

「ジャンヌよシャルル王太子のもとへゆきなさい。そしてフランスを救うために戦いなさい」

この神からの洗礼にジャンヌは悩んだ。

なぜなら、畑仕事しかできない自分に何もできるわけないだろうと。

だが、1429年1月。ジャンヌは、戦うことを決意する。もちろん父と母は反対する。

二人の教えを守ってきた心優しいジャンヌだが、このときはじめて背き、長い髪を脱ぎ捨て男の服を身に着け、フランスを救うために立ち上がった。

ちなみに、当時の服装は、地位や性別によって厳しく定められていた。女性は女性らしく、農民は農民らしく。男性の格好をし戦場に向かったジャンヌがいかに異様だったかということが分かるだろう。

ジャンヌは、シャルル王太子の居るシノン町をめざし向かった。

その先々で、「私は神の声に従いフランスを救うために旅しているのです」と告げる。

初めのうちは嘲笑されたが、「オルレアン近郊でのニシンの戦いでフランス軍が敗北する」などの予言を的中させる。

次第に民衆は、「フランスが危機に陥ったそのとき『ロレーヌの乙女』と呼ばれる少女が現れ、フランスを救い出す」

ということに希望を託すようになる。

1429年3月。ジャンヌは、シノンの町へたどり着き、シャルル王太子への謁見を申し出る。

権威の落ちたシャルル王太子に、ジャンヌはこう告げる。

「私は王太子様に国王になってもらうために参りました」

藁にもすがる思いだったシャルル王太子は、ジャンヌに希望を見出し、陥落寸前だったオルレアンの地へジャンヌを派遣する。

ここは7000人のイギリス軍に包囲され、長年に渡る劣勢にフランス軍の戦意は最悪の状態。

ジャンヌに対して兵士たちは、「女に命令されるぐらいなら、格下げされても他の指揮官の指図を受けるほうがましだ」と罵る。

オルレアン包囲戦、ジャンヌは信頼されないまま戦いが始まる。

最前線でジャンヌは指揮を執るなか、一本の矢がジャンヌに突き刺さる。

撤退をを指示するが、

「戦い続けるのです。ここで戦いを辞めたら人々の苦しみはいつまでも終わらない」

そう言い、ジャンヌは激痛を抑え立ち上がる。

それとともに士気が上がり、戦況はフランス軍へ。

そして見事、勝利し、ジャンヌは信頼を勝ち取る。

次に目指したのが、ランスの大聖堂の奪還。シャルル王太子が、フランス国王になるにはランスの大聖堂で即位を行うことが決まりだからだ。

そして、ここでも勝利を収める。

1429年7月11日、シャルル王太子が、ついに国王に即位する。

ジャンヌが、故郷の村を出て僅か6ヶ月 。

だが、イギリス軍との戦いは続いていた。

ジャンヌの元へは、民衆からの恐怖と不安の手紙が届いた。

その一つ一つに、字の読めなかったジャンヌは、口実筆記により返事を送っている。

ジャンヌの思いとは裏腹にシャルル国王は、イギリスと手を結ぼうとしていた。

「王宮のあるパリさえ返してくれれば、オワーズ川流域の町々はさしあげよう」

そのため、ジャンヌの軍隊は解散させられたが、ジャンヌは戦うことはやめず、200人の同志とイギリス軍との戦いに向かったが国王からの援軍はこなかった。

やがて、ジャンヌは捕らわれの身となる。民衆は、ジャンヌの救出を訴えたが、国王シャルルは手を打とうとしなかった。

イギリスでは、民衆を誑かした魔女として、ジャンヌは異端審問裁判にかけられた。

裁判は過酷なものだった。

敵の息がかかった人物。ジャンヌは 、神の意志を背く行為だと糾弾される。

人々を救った行為なので正しいと主張。

ジャンヌは、弁護人が付けられなかった。

眠るときも鉄の鎖で縛りつけられた。

拷問の道具を見せて自白を強要させた。

ジャンヌはこう言い放つ。

「たとえあなた方が、私の手足を引きちぎり命をうばったとしても、私は決して答えをかえるつもりはありません」

どんなことにも屈しなかったジャンヌだったが、なぜか「誓いの書」に署名してしまう。

これは、教会の裁判記録とは違うもので、字が読めないジャンヌに対し司教たちがねつ造したものだったからだ。

このときから、夜ごとイギリス兵たちからジャンヌは凌辱された。そのため身を守るために、男装をした。

これが原因で、「お前は、ふたたび男装の罪を犯した。異端者として死刑を命じる」と宣告される。

当時の決まりとして、「誓いの書」に署名したものが、誓いを破ったときは、火あぶりとなる決まりだった。

処刑されるとき最後にこう言う。

「どうか目の前に十字架を掲げてください私の死の瞬間まで」

1431年5月30日、ジャンヌ・ダルクが処刑される。ジャンヌダルクは19歳と5ヶ月で生涯を閉じた。

ジャンヌの死から3日後フランスは、再び戦争を仕掛ける。

ジャンヌの死から22年。イギリス軍がフランスから撤退。

戦争終結後、復権裁判により、ジャンヌの異端という汚名が晴れる。

後世に伝わるジャン・ヌダルク。

オルレアン解放の日はジャンヌの祭りとなっている。

ジャンヌ・ダルクによる手記。戦争が終わったら何がしたいかというもの

「いつの日か神様が、この戦いの場から立ち去ることをゆるしてくださいますように。そのときは私は、妹や兄たちと羊の番をし両親に仕えて暮らすために故郷のドンレミ村にかえることが出来るでしょう。家族はきっとみな喜んで私を向かえてくれることでしょう」

以上が、ジャンヌ・ダルクについてである。

ざっと、まとめてみて気になったのが、戦いに身を投じるようになった動機が”神”からの啓示ということだ。

ぼくは、ここは本当は違ったんじゃないかと踏んでいる。もっと私情的なものがあったのではないかと。

例えば、「愛する人が殺された」だとか。

しかし、女性が戦うのはタブーとされていたので、”神”の啓示によりということを考え付いたのではないかと思う。

他にも、気になる点があるが、そろそろ酒を飲みたくなったのでこの辺で。

おわり

本の行方


あか→→→→→すぎ
剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎 (文春文庫)
高殿 円
文藝春秋 (2015-05-08)
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