風の歌を聴け (講談社文庫) 村上 春樹 (著)


~紹介してくれた「S」さん(女性)の記録~

(2015年5月23日読書会にて)
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主催者みずしまの感想


村上春樹の作品。僕は2冊しか読んだことがない。「レキシトンの幽霊」と「東京奇譚集」それだけだ。どちらも、短編なので、村上春樹作品を存分に味わっているとはいえないだろう。そういえば、思い出した。翻訳している作品も1冊読んでいる。それは、村上春樹が影響されたと公言している作家、レイモンドチャンドラーの作品、「大いなる眠り」である。

この程度の読書量だから村上春樹のことを語るに足らないが、もう一つ思い出したことがある。それは、最近までWEB上で掲載されていた、「村上さんのところ」というサイトだ。

このサイトは、村上春樹がファンからの質問になんでも答えるという趣旨のものだ。現在は、過去の質問が見れない状態。(どうやらこのサイトをもとにした本が出版されるようだ。)

さすが、ネットというか、過去のものが転がっているまとめサイトなんかあるので「村上さんのところ まとめ」なんて検索してみると出てくるので興味のある方はやってみるといい。

僕も何回かみたことがあるが、村上春樹独自の視点で質問に答えているという感じで、ファンにはたまらないんだろう。もしこれが、僕の好きな”ジャンリュック・ゴダールさんのところ”なんてサイトがあれば、盛りのついた犬のごとく狂ったように見入っているだろう。

村上春樹は、いまとなっては作品以上に作家自信の言動も影響力を与えるような存在だ。

有名になると、作品以外で何も言わないという作家と、作品以外でも言いたいことは言うという2種類の人が出てくると思う。

後者になると、作品を出したときにいままで発言した主張が呪いのようにつきまとい、作品を汚す可能性が高くなる気がする。それは解釈次第かもしれないが、それらの発言を加味し、作品の凄味が増す場合もある。例えば、三島由紀夫のように。

個人的には作品だけを作り続け、いろんな方向から、いろんな人たちの妄想により解釈が右往左往するような大いなる謎を含んだ作品が好きだ。もちろん、作品自体に多くの謎を含んだものもあるが、その作品を制作した作家自身が、様々な発言を残していれば、謎は薄れてしまう気がする。

しかし、作家、表現者ゆえのジレンマなのか、多くの作家と呼ばれる人たちは、作品以外に何かしらの発言を残している。いや、これは作家だけではない気がする。twitterやfacebookなどのSNSで様々な人たちが発言を残している。

喋りすぎるやつは必ず殺される。これは、ホラー映画によくあるパターンだ。こうやって、感想と称した駄文を交換された本一つ一つに書いているが、本当は書かないほうがいい気がする。書けば書くほどこの読書会に人は集まらなくなるかもしれない。喋りすぎるのは危険である。だが、一度喋りだしたら止められないのも事実だ。

最後に、この作品のあらすじを引用しておこう。

一九七〇年の夏、海辺の街に帰省した“僕”は、友人の“鼠”とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。二人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、“僕”の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。(AMAZONより

そして、Sさんの本の評価から1つの歌が思い浮かんだ。あまり喋りすぎずその歌だけを張り付けておく。

おわり

本の行方


S→そのちゃん