「ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉」 (岩波現代文庫) リチャード P. ファインマン (著)


~紹介した「佐川」さん(男性)の記録~
(2015年6月27日読書会にて)

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佐川

 

主催者の感想というか勝手な妄想


前回に引き続き、主催者の感想とやらを載せていこうと思のだが、この本を読んだわけでもなく、紹介してくれた佐川さんの話を聞いたわけでもないので、勝手な妄想で文書を書くことになるだろうし、だから、勝手な想像という言葉を題名に付け足しておくことにした。

さて、この本のタイトルは「ご冗談でしょう、ファイマンさん」というもの。誰だ、ファイマンさんって。

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R.P.ファインマンは1965年にJ.S.シュウィンガー、朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を授賞した天才的な物理学者である。こう書くと「理数系が苦手」な人は逃げ出したくなるかもしれないが、そんな人にこそ本書を手にとっていただきたい。
本書は20世紀を代表する天才物理学者の自伝ではない。R.P.ファインマンという人生を楽しむ天才から我々への贈りものである。

「ファインマンと聞いたとたんに思い出してもらいたいのは、ノーベル賞をもらったことでもなければ、理論物理学者であったことでもなく、ボンゴドラムでもマンハッタン計画でもない。僕が好奇心でいっぱいの人間であったということ、それだけだ」といつも言っていた(下巻訳者あとがきより)。

「なぜだろう?」といつも好奇心いっぱいの子どものように世界を見て、いったん好奇心をひかれたらそれに夢中になり納得のいくまで追求する。彼は一切の虚飾と権威を嫌い、相手がそれをかさに着ているとみるや容赦しなかった。それは、そのような態度が、楽しいはずの真実の探求を邪魔する厄介なものだったからである。

上巻では、彼の少年時代、物理学者としての修行時代、また駆け出しの物理学者として携わったマンハッタン計画から終戦を迎えるころまでのエピソードが収録されている。どの時代においても彼はその状況を最大限楽しみ、そして、決して流儀を変えなかった。   自分が理系か文系かなんて関係ない。

もし少しでも本書に「好奇心」を持ったなら、ぜひ一読をおすすめする。  (AMAZONより引用

どうやら科学者のようで、しかもノーベル賞をとったという偉大なる人物。アメリカ人に、「ファインマンって誰ですか?」と言ったら、「ご冗談でしょう」なんて言われるぐらい有名な人だろう。

そんなくだらないことはともかく、なぜノーベル賞をとるような人がこのような本を出すことになったのか。それが、気になるところである。

例えば、僕の好きな俳優で”勝新太郎”という人がいる。リアルタイムではないのだが、座頭市を狂ったように観ていたことがあった。

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目の見えない浪人”市”が、独特の居合から流麗なリズムで織り成す殺陣は、芸術的な域に達しそれが毎回魅力的であり、

それに伴うストーリーも水戸黄門のような勧善懲悪、単純なお涙頂戴的な感動ではなく、なんで自分は泣いているのだろうというような心の奥底を揺さぶるような演出で魅了させられる。

その全てを作り上げていたのが、”勝新太郎”なのだ。(その凄さが気になる人は、春日太一著「天才 勝新太郎」を是非一読して頂きたい)

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だが、世間一般のイメージとしての勝新といえば、座頭市を演じていた人程度で、それよりも「見ず知らずの人を誘って飲みに行き、最終的には100人を超えていた」だとか、「黒澤明の『乱』撮影中に喧嘩して、降板した」だとか、「海外からの帰国時に大麻をパンツの中に隠していて、それがバレて捕まってしまい、後の記者会見で”もう2度とパンツを穿きません”と発言した」だとか、その他にも山のように逸話があるが、そちらの凄さのほうがインパクトを残し語り継がれるようになっており、「勝新=破天荒」というイメージが付いてしまっている。

しかし、もし勝新が豪快な破天荒なエピソードを残していなかったらいまだに語り継がれるような人物にはならなかっただろう。実際、勝新のライバルとして活躍していた”市川雷蔵”という人がいるが、(若くして亡くなったということもあるが)一部の映画マニアの間では凄いといわれている程度で、一般の人にその名前を出してもどんな人か答えることの出来る人は少ないだろう。

いまとなると、勝新の破天荒は魅力を感じさるのだ。

この破天荒が魅力的に感じられるのは、ただ破天荒なだけではいけない。その中にある優しさが垣間見える人が愛される破天荒者になれるのだろう。優しさのない破天荒ならば、嫌なやつで終わってしまう。愛のある優しい破天荒さ、これが後々語り継がれることにもなるのだろう。

常人とは明らかに違う頭脳の持ち主がいたとする。もしそいつが、なにもかも完璧だったら、多くの嫉妬をかってしまうだろう。しかし、ギャンブルで多額の借金を負っているとか、女にだらしないだとか、酒に溺れるだとか、うんこをよく漏らすだとか、すっごい痔だとか、ふとした人間的な弱さをみせてくれると「こんな頭のいい奴でも俺より駄目なところがあんじゃん」というように一気に好きになったりはしないだろうか。

そのふり幅があればあるほど好感を抱くのだろう。つまり、ノーベル賞をとるような凄い人が、実はこんな破天荒なことをしていたというように。破天荒といっても、人を殺すとかではなく、優しい破天荒さだ。ようは、「ねぇねぇご冗談でしょ?」と思わず言ってしまうようなもの。これが、その人を魅力的にさせる要素であり、その一端に触れることができるのが、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」なのだろう。

 

おわり

 

本の行方


佐川→→→→→ヤマダ