「読書会における司会とは」


「陽だまりの彼女 (新潮文庫) 越谷 オサム (著)」について書いたものと同じ内容です。

読書会で重要なのは、参加者はもちろんのこと、それ以上にスムーズに進行を促す司会者の役割ではないかと思います。

司会者は、本の紹介が終わったら、他の人へ話を振り、会全体を盛り上げなくてなりません。話を振る際は、紹介者が何を伝えようとしているのか、また、他の参加者がどんなことを聞きたいのか、キーワードとなるような言葉を瞬時に選ぶことが必要です。(何回か開催してますが、自分自身中々上手くできていませんが・・・・・)

そのキーワードは、自己紹介のとき、いままでに紹介された本の中で行われた会話の内容、そして、いま紹介されている本、それらの共通点や相違点の中で発見できるのではないかと思います。

そして、どのような流れに導くかを考え、最終的に上手くまとめることが出来れば理想的です。さらに、全員が同程度の会話量であれば尚のこといいでしょう。

なので、参加してくれた人の満足感はこの司会者の技量によって大きく左右されるのではないかと思っています。

その司会者の役割を参加者の方にも行ってもらうということが今回の読書会の試みであり、即ちそれは主催者が司会をしない(自分が喋らない)ということに繋がります。

では、なぜそうしたかというと、

第1に参加者が11名だったので、そうしないと読書会が上手く回らなかったということがあげられます。このいきさつは、“「2015年5月23日」の交換読書会からの考察”に書いてあるのでご覧ください。

第2に、主催者である自分が司会をしてしまうと、何回か読書会を開催しているのである程度パターン化された司会ぶりになってしまい、自分自身、そして何度か参加されている人に新鮮さが失われてしまうからです。

第3に、司会の楽しさを知ってもらいたいということです。これがいまあげた中で、肝となることです。さて、その楽しさとは何なのか。

普段生活していて司会という立場になることはそうはないです。せいぜい、あるとしたらタイムキーパー的な司会程度でしょう。そうではなく、いままで書いてきたような司会です。それぞれが本を読み解く魅力を司会者ならではの視点(司会者の経験を踏まえたり、過去に読んだ本などの情報を用いたり)で考え瞬時にまとめ、人に話を振る、これは、人それぞれの心を読むという力が必要で、どこか読書と似ているような気がします。なので、普段行うことのない司会を経験することで、新たな読書の魅力を発見出来るのではないかと考えています。すなわち、この普段では経験することが出来ないことをするということが楽しさです。

その他にも、紹介しただけで終わってしまうと緊張感が薄れて他の人の話に興味を持てなくなってしまう可能性もあるので、それを和らげるためということもあります。また、一回でも読書会の司会を経験すれば、どこか別の場所で読書会を行うことも出来るので、その練習の場としても活用できるのではないでしょうか。

以上のことから、読書会の司会を参加者にもしてもらうという考えに至りました。

とはいうものの、2015年5月23日の読書会では、初の試みということもあり、うまく趣旨が伝わらず、スムーズにそのような状況に持っていけなかったので、それは大いなる反省点です。なので、次回行う際には、スムーズに参加者の方が司会を楽しく行って貰うための仕組みを整えられればと思っています。